KAMALA YOGA BLOG

ヴェーダンタ勉強会九十九里始めます

人間は、個で見たら完璧な人はいません。だけど、人間そのものは完璧な存在です。
人間として生まれてくるのは、その不完全さを知り、それを楽しみ操り、さらにはその不完全さをなぜ与えられたのかを学ぶために生きています。

一人でなんでもできるように見えても、たくさんの人の力によって生かされています。
家に住むことは、たくさんの人が木を切り、水道管や電線を引いて、建築してあらゆる職業の人が携わり出来上がる。

自分で家を作って電気も使わず火を起こして生活する人もいるかもしれませんが、現実的に今の日本で日常生活を送ることを考えると、あらゆる人が存在して私たちは普通と言われる生活が送れるのです。
個人の自分という存在が、あれもできないこれもできないと嘆き悲しむよりも、たくさんの個人の力を借りて生きている、生かされていることを考えれば、誰かに頼らざるを得ないこともたくさんありながら生きています。

依存するのではなく、必要なことは協力してもらいながら、たくさんの人や物、自然と調和して生活できるのが人間の世界です。
私たち人間は、個で見るのではなく、生きとし生けるもの全体として見れば、植物などからエネルギーをもらい、微生物や動植物などともうまく調和を図り生態系か保たれ、バランスの取れた地球という場所でそれぞれが生活しやすい環境を作り上げている。
全体が一つになっていることを感じながら生きて調和していれば、全ては完璧に存在していることに気がつくでしょう。
個という小さな視野から自分を見るのではなく、全体と調和していることでひとつになって存在している全てが自分であることを理解すれば、完璧でしかありません。
全てがあるからこそ個の自分が居て、個の自分がいるから全体があることを正しく理解すれば、あらゆるものに自然と感謝することになるでしょう。
なので、あなたはそもそも素晴らしい完璧な存在なのですよ、とヴェーダンタは教えているのです。
ヨーガのアーサナを深める人はたくさんいますが、ヨーガの教えを深められる人は、過去の行いの結果でしかありません。

たくさんの清浄な行為の結果によって、学び理解できる人ですので、限られた人にしか与えられません。

でも、どこに行けば真実を知ることができるのかわからない、迷っている人もたくさんいると思います。

ヨーガを知りたい、学びたい、深めたい、そもそもヨーガとは何か、など、求めている人たちのために、私の学びをシェアしていこうと思います。
この素晴らしい教えを知った方が、どれだけ豊かな生き方になるか、理解できたらどれだけ心が豊かになるか、知ることができる人には伝えていきたい。

私自身もこの学びを深めていくためにも、アウトプットすることが一番の復習になり、皆様と共に学び深めていき、確固たる理解に繋がります。
ヨガリトリートでのヨガ哲学講座などは、ヴェーダ・ヴェーダンタの教えを簡単に理解できるように、コンパクトに詰め込んだ内容で、さらには科学的側面からも物理的に理解できるようにお話ししています。

ですので、哲学講座には聖典に使われている言葉のマントラチャンティングなどは盛り込まれておらず、サンスクリット語講座で簡単な日常に行えるチャンティングを練習しています。

ヴェーダ・ヴェーダンタの学びを深める意味や、これから学べる機会につながるための内容となっております。
すでにヨガ哲学を学ばれている方にも、点が線に変わり、一部分ずつ理解していたことが全体的な理解に繋がります。

また、これを聞いてから、伝統的な教えを学び始めるきっかけにもなります。
それとは別に、伝統的な教えをそのままに、サンスクリット語で書かれている聖典をチャンティングしながら意味を紐解いていくという、グルクラムシステムの中で教え継がれているスタイルで行なっていきます。
というわけで、ヴェーダンタ勉強会を4月あたりから始めようと思います。https://coubic.com/scentofbliss/106169

そのまま翌日からのヨガリトリートにご参加頂くことも可能です。
ヴェーダンタにもたくさんの聖典がありますが、入門的なものが「TATTVA BODHA」です。

私とは何か、この宇宙とは何かのアウトラインを知ることができる聖典です。

スワミチェータナンダジからの教えをそのままにお伝えしていきます。
まずはタットヴァボーダから始めて、おそらく6−8回くらいで終わる予定で、その次は「BHAGAVAD GITA」を学んでいきたいと思います。

それだけでも18章ありますので、いつ終わるかわはわかりませんが、少しでもこの教えを皆様とシェアしていきたいと思います。

私自身も常にヴェーダ・ヴェーダンタの教えに触れていたいと思う願いで、皆様とヨーガの真髄を学び深めていきたいと思います。

バガヴァッドギーターは、どこから始めても大丈夫ですが、タットヴァボーダは全てのクラスにご参加頂くことをお勧めします。

最初の1日だけ聞いても理解には繋がらず、拒否や反発、誤った理解のまま受け入れられなくなる可能性もあります。

全てを聞いてこそ、いつしか理解に変わります。
マントラを正しく読み理解しながら、そこに秘められている正しい意味を紐解いていきます。
スワミジから直接学べる機会に恵まれている人は、素晴らしい恩恵を与えてもらえる希少な人です。

スワミジから学ぶのはまだ気が引ける、どこに行けば良いかわからない、など、本当はそこには何の壁もありませんが、自分でそのような壁を作ってしまう人にも、この宇宙や私とは何かという理解を深め、その素晴らしい存在を学べる機会を作りたいと思います。
毎月第1〜3のいずれかの金曜日で、9時ー16時で行います。
料金は、伝統的な教えをそのままお伝えする形になりますので、運営費2000円+ダクシナ(✳︎1)という形をとりたいと思います。

ダクシナは、ヴェーダンタを学び続けるためにも、スワミジらへのダクシナに代えさせて頂きます。
昼食は、ヨーガのベジタリアンをご用意いたしますので、ビクシャー(✳︎2)という形で食事のスポンサーになってくださる方は、受付時にお名前とお値段はいくらでも大丈夫ですのでご提供をお願い致します。
✳︎1、ダクシナとは、インドの伝統においてヴェーダとヴェーダンタは神聖なものとみなされています。

その知識と教えの伝統に対する尊敬と感謝の気持ちを表すのが「ダクシナ」です。学びを得られたことへの価値や、経済的な状況に応じて先生や学校へダクシナします。与えることの意味を深めることや、ヨーガの意味を深めることから、インドでは何千年にも渡ってダクシナ制が大切にされ、ヴェーダの知識と教えの伝統が守られてきました。儀式や教えをを完結させるために不可欠な要素のひとつがダクシナです。

(パラヴィッディヤケンドラムより引用)
✳︎2、ビクシャーとは、家庭を持っていない、勉強に専念している人、つまり、サンニャーシンとヴェーダの学生(ブランマチャーリン)に対して、勉強をし続けてもらうために、食事を提供することを、ビクシャ―と言います。

ビクシャーのスポンサーをすることを、アンナ・ダーナ(食べ物の分配)と言います。

ビクシャーを与えることが出来る、唯一の立場にいるのが、家庭人(グラハスタ)ですから、キャンプの時など、家庭人でもビクシャ―を体験して食べることは出来ますが、家庭人までビクシャーを当てに生きるようになると、文化的な社会が崩壊してしまいます。

いずれも、消費者から貢献者へという自己成長を後押しする象徴的なステップです。

(Medha Michikaの世界より引用)

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